気管切開と胃ろう 2.生と死の間で

このお話は2011年(平成23年)1月から3月に経験した過去の出来事。
しかし、生きていく上で決して忘れてはいけないことだ。
忘備録として記録することにした。

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2/3. 命の選択

転院してから10日。数々の抗生剤を試したが一向に良くならない。
絶食期間も長く、酸素の量も8Lと目一杯。
体を動かすと痰が絡むので、姿勢を変えることができずストレスがたまる。

昼下がり主治医から説明を受けた。

「今、あんまり良くない状態です。今日から、バンコマイシンという点滴を使います。もし、体の状態が少しでも変だなっと思ったら、すぐ連絡をしてください。
動脈の酸素濃度も下がる一方です。もし、週末に、もっと酸素濃度が下がって、意識が朦朧とした時には、呼吸器とか気管切開とかしますか?そんな自分は受け入れられないから、今のままの処置で頑張りますか?」と、質問があった。

命の選択をしなさいということだ。

確かに体はしんどいが、とても死ぬような状態とは思えない。
「今のままで充分です。週明けには必ず良くなって行くと思います。」と、即答しました。
在宅生活を始める時に死ぬ事もやむなしっと思い、鈴鹿病院を退院した。命の選択が思っていたより早く訪れたことに驚いた。

病室に入ってきた全て看護師は、「バンコマイシン入ったんだってね。」って声をかけてきた。 夕方には薬剤師も訪ねて来た。
すごい強い点滴が入ったんだ。って思った。

2/4.意識不明

この夜、主治医の見立て通り、意識が朦朧となって、痰がつまって意識不明になった。自分でもビックリだった。
意識が朦朧となっている時に、誰かと話している自分に気がついた。
「あれ、誰と話しているのだろう?」と思ったら、担当医。

なんだろうとよく聞いてみると、「呼吸器とかいろいろなチューブに繋がれますよ。その苦痛に耐えられますか?」と質問された。
「この前は、点滴と酸素マスクで頑張ります。と、命を助けなくていいと言ったけれど、明日、明後日と一日一日を一生懸命に生きて行きたいので、何とか助けて下さい。」と訴えていた。
あれ、何しゃべってんだろう?口が勝手に動いてるやん。と思ったら、意識が無くなってその後どう答えたのかよくわからない。

死んでも仕方がないと思っていたのに、自分の意識とは別に生きたいと訴える自分に驚いた。

2/5.生きたい

目覚めると、肺もすっきりしているし、声も良く出ている。
昨晩どんな処置をして貰ったかわからないけど、このままの調子で良くなるといいなと。と思った。
ことなく主治医が訪れた。開口一番。

「迷うやろ。死んでもいいなんて言ったって人間は迷うんだ。」
「迷うんだったら生きろ。どんなことしても生きろ。」
と言って病室を後にした。
いつになく強い視線と口調だった正直心に響いた。
生きるって何だ?

お昼の2時を過ぎて、痰が絡み出した。酸素も少しずつ下がり始めた。
当直医の先生が来て、「挿管を通しましょう。」と言われた。
断ることも出来ずに、そのまま、気管支挿管され人工呼吸器に繋がれた状態になった。

呼吸器の管が口から外れないように、でっかいマウスピースを口に当てられた。
呼吸することは楽になったけど、会話も出来ないし、口の中はネトネトで、すごくしんどかった。

挿管する前の午前中、Kさんが見舞いに来てくれた。
顔を見て、声を交わして、生きていて良かった。と心底思った。
病状の急変に驚いて、携帯電話をチェックし数人の知人に連絡をしてくれた。とても嬉しかった。
最後にKさんとお話ができたことは救いだ。

2/6.たくさんの人に支えられて

ボランティアのFさん夫婦が面会に来てくれた。
今回の入院中に、時々顔を見に来てくれる。携帯電話のチェック、友人への連絡、アパートの冷蔵庫とゴミ処理、郵便物のチェックなど細かい介助をして貰った。
自分では気付かないことばかりで、すごい助かった。
いい人に出会いました。50音盤も作って持ってきてくれた。
患者会のIさんも松阪から来てくれた。 感謝。

多くの人に支えられていることが分かった。

「もう一人の自分」
23歳から16年間過ごした鈴鹿病院。集団生活という理由で、規律が厳しくて、ストレスが溜まる毎日嫌だった。
自分より先に、病気が進行する病棟の仲間を見て自分を慰めた。
また、呼吸器が必要になるのはいつ頃だろうか?気管切開はいつ頃だろうか?などと考える毎日だった。
自分がとても嫌だった、そんな16年間だった。

病棟の親友は、「気管切開をすると、喋れないし、ご飯を食べたり水を飲んだりできなくなる。そんな自分を受け入れることはできない。」って、覚悟を持って旅立っていった。
僕もそう考えるようになった。

そんな中で「喋れなくてもご飯が食べられなくても一生懸命に生きたい。」と訴えた2月4日夜の出来事は、夢でも幻想でもない。確かな現実。大切にして行こうと思う

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